宮沢賢治の清明な精神

ジョバンニ

2013年09月13日 15:54




眼にて云う

 だめでしょう
 とまりませんな
 がぶがぶ湧いているですからな
 ゆうべからねむらず血も出つづけなもんですから
 そこらは青くしんしんとして
 どうも間もなく死にそうです
 けれどもなんといい風でしょう
 もう清明が近いので
 あんなに青ぞらからもりあがって湧くように
 きれいな風が来るですな
 もみじの嫩芽と毛のような花に
 秋草のような波をたて
 焼痕のある藺草のむしろも青いです
 あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
 黒いフロックコートを召して
 こんなに本気にいろいろ手あてもしていただけば
 これで死んでもまずは文句もありません
 血がでているにかかわらず
 こんなにのんきで苦しくないのは
 魂魄なかばからだをはなれたのですかな
 ただどうも血のために
 それを云えないがひどいです
 あなたの方からみたらずいぶんさんたんたるけしきでしょうが
 わたくしから見えるのは
 やっぱりきれいな青ぞらと
 すきとおった風ばかりです


 
 昭和3年(1928年)、賢治32歳の夏

 ひでりによる不作、稲熱病の発生のため、その予防と駆除

 の指導に奔走し体力を奪われる。

 8月10日肺浸潤のため、実家で40日間床に臥せることになる。

 発熱のため意識がもうろうとしているのであろうか。

 自己の病状を客観的にみているようであるが、

 本人からみえるのは、きれいな青ぞらとすきとおった風ばかりか・・・

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